青山霊園のまめ知識 | 由来
青山霊園の自然資源、また歴史的な人文資源を考えてみますと、桜並木をはじめ、東京都および個人の管理する数多くの樹木が生育しています。130年の歴史のなかで成長し、重要な景観要素となっている巨樹などの主要な樹木だけでも、1000本以上が確認されていて、都心においてはきわめて貴重な自然遺産となっています。また、都心に残された貴重な自然として、小動物にとっても貴重かつ必要な空間となっています。
青山霊園の青山の地名は、徳川家康・秀忠に仕えた青山忠成の屋敷跡に開設したことに由来しています。鷹狩に出かけた徳川家康が青山忠成に、忠成が馬で一回りしてその分だけ屋敷地として与えると言ったそうです。そこで、忠成は馬が死ぬまで駆け巡り、広大な土地を手に入れたという逸話が残っているそうです。青山霊園に埋葬されている著名人と言いますと、斉藤茂吉もその一人です。
彼の墓所は、これまた有名な大久保利通の大きな墓に隠れるようにひっそりとたたずんでいます。斉藤茂吉は、子規の弟子伊藤左千夫に師事し、左千夫が明治41年歌誌アララギを創設して以降、ともにアララギで積極的に活動しています。生涯に全17冊の歌集を発表し、全17907首の歌を詠んでいます。なお、茂吉の分骨墓が宝泉寺境内に遺されています。青山霊園の現状と言いますと、都心市街地に立地し、周辺は高度利用が進んでいます。
青山霊園を管理・運営する東京都が告知看板を立てたのは、2004年10月のことでした。1年以内に縁者が申し出ることを求めていました。1平方メートルあたり年590円の管理費を5年以上にわたって滞納している墓が対象となりましたが、外国人墓地では全129区画の内、78区画が該当したということです。朝鮮独立の指導者である金玉均の他、立教学院総理を務めたアーサー・ロイド、あるいは帝国ホテル総支配人だったカール・フライクといった墓の前にも告知看板が立てられていました。
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