青山霊園のまめ知識 | 歴史
青山霊園の前身である青山墓地は、維新直後から京都から下ってきた公家の墓所として用いられ、廃仏毀釈運動の中で、神葬の場所として使用されています。明治5年(1872)に神葬墓地として指定されますが、その後新都の公営墓地として利用されるようになりまいた。そのため、新政府の関係者が多く埋葬されています。明治9年(1876)に東京府の管理下におかれるのですが、早くから都心部に墓地をおくべきかどうかについての議論が活発に行われたようです。
青山霊園をはじめとする都営霊園などの公営墓地は、自治体が管理および運営をしていますから、経営や管理の面で安心感はあります。また、宗教・宗派に制限がなく、管理料が安いこともあって毎年募集が殺到します。それは大変なもので、4.7~32倍で平均しますと11.8倍といいますからかなりの競争率だといえるでしょう。多摩ニュータウンを眺望できるメモリアルガーデン多摩は、1999年に開設された日本で初めてのエスカレーター付き民営墓地です。
永代使用料は、民営と言いましても青山霊園の10分の1です。「やすらぎ」とか「絆」といった言葉が刻まれた洋型墓石が多いのが特徴とされ、生前建墓が全体の70%を占めています。青山霊園でも、2004年にロッカー型の立体埋蔵施設が新設されましたが、約100万円で霊園に納骨できる一方で、承継者がいましても20年で他の骨と合葬されるという条件が付いています。
現在、青山霊園は都会の中にある緑豊かなオアシス的な存在として都民に親しまれています。園内には桜、エンジュ、ケヤキといった樹木、そして野鳥の姿も見られ、散策には抜群の環境となっています。もうすぐしましたら、桜の季節ですから、園内の桜のトンネルが楽しみですね。また、青山霊園には多くの著名人の墓がありますが、霊園管理所によりますと、ここ数年で著名人のお墓を見学する人の数は増加傾向にあるそうです。
ご注意ください
- 当サイト[青山霊園のまめ知識]内に掲載されている文章・画像等の著作権は、サイト運営者に帰属しています。
- 文章や画像等の無断転載、複製・配布等は固くお断りいたします。
- このサイトに記載されている内容もしくは当サイトからのリンク先で発生した賠償・苦情・損害等のトラブルについては、何ら責任を負いませんのでご了承ください。